『マネーモンスター』は経済至上主義の現代を強烈に風刺した、スリリングなエンターテインメント!

『マネーモンスター』
6月10日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか、全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2016 CTMG, Inc. All rights reserved.
公式サイト:http://www.moneymonster.jp/

 

 俳優から演出に転進する存在すべてが優れた監督になるわけではないが、俳優として多くの監督たちの指導を受けてきた経験を活かすことができる。俳優は監督の意のままにパフォーマンスを繰り広げることが生業。経験を重ねるにしたがって、カメラの後ろで思うがままに意を貫きたいという気持ちが高まってくるのだという。

 まして、今のアメリカ映画界では中年以降の女優たちが活躍する場が限られている。脇役で存在感を発揮するか、あるいは数少ない女性映画の登場を待つか、選択肢は決して多くない。ダイアン・キートンやアンジェリーナ・ジョリーなど、志のある女優たちが監督の貌を持つのは、ひとつには若い女優にばかり目を向けて、年齢を重ねた女優に場がないアメリカ映画全体の姿勢にある。

 

 こうしたなかで、少女時代から天才子役と謳われ、長じてからも演技が称えられて2度のアカデミー主演女優賞に輝いたジョディ・フォスターが監督に専念した作品が登場した。俳優としては『フライトプラン』でアクションに挑戦したり、2013年の『エリジウム』で冷酷非情な仇役を演じたりと、さまざまなアプローチを試みるものの今ひとつ評価されない状況が続き、フォスターはどうやら監督で映画に関わる方向性に歩を踏み出したようだ。テレビシリーズ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」のいくつかのエピソードを手がけてから、本作に挑んでいる。

 もっとも、監督として1991年の『リトルマン・テイト』、1995年の『ホーム・フォー・ザ・ホリデイ』、2009年の『それでも、愛してる』を送り出すなど、経験は豊富。演出も高く評価されている。ただ、これまでは自身が出演するか、主義に基づいた女性映画ばかりとあって、本作のような時間刻みのアクション・エンターテインメントに挑むのは初めて。どんな題材でも料理できるという監督としての力量が問われることになる。

 脚本は『ナショナル・トレジャー』のジム・カウフ、テレビシリーズ「GRIMM/グリム」のアラン・ディ・フィオーレ、そして『親愛なるきみへ』のジェイミー・リンデンの3人が担当。ニューヨークのテレビ財テク番組「マネーモンスター」のスタジオをジャックした犯人と番組MC、ブースで見守る女性ディレクターの3人を軸に展開するサスペンスだ。生中継のため、視聴者が事件に立ち会うなか、スタジオ・ジャックは予断を許さない結末に向かってひた走る。

 サスペンスを盛り込みながら、さりげなくユーモアを散りばめ、ミステリー的興味を最後の最後まで維持する語り口。エンターテインメントの醍醐味を満喫させつつ、経済至上主義の現代の世相もチクリと風刺する姿勢はフォスターの面目躍如たるところだ。

 出演は、フォスターが熱望したジョージ・クルーニーにジュリア・ロバーツ。ふたりの競演は『オーシャンズ12』以来だが、さすがに華がある。さらにアンジェリーナ・ジョリー監督作『不屈の男 アンブロークン』に主演したジャック・オコンネル、『300<スリーハンドレッド>』のドミニク・ウェスト、テレビシリーズ「アウトランダー」で注目されたカトリーナ・バルフなど、個性に富んだ顔ぶれが揃っている。

 

 人気財テク番組「マネーモンスター」のMCリー・ゲイツがディレクターのパティ・フェンと打ち合わせを済ませ、本番に臨もうとしていた。先日、推薦したアイビス・キャピタルが急落した理由について番組の中で同社の広報担当に聞くことになっていた。アルゴリズムによる株取引が暴走した結果というが、損失額は8億ドルに上る。もっとも根が軽薄なゲイツは推薦した株の急落など、さほど気に留めていなかった。

 本番放映中のスタジオに突如、銃を片手に男が乱入してきた。男は怒りに燃えていて、ゲイツに爆弾を仕込んだチョッキを着せ、番組を継続して放映するように命じる。男は番組が勧めたアイビス株を買って、暴落によって無一文になったのだ。男は暴落のからくりを明らかにせよと迫る。

 最初はびくついていたゲイツだったが、イヤホンから聞こえ得るフェンの指示に勇気づけられつつ、事態の収拾にあたろうとする。フェンはアイビスの広報担当に社長の行方を探すように命じ、アルゴリズムの設計者を探す。

 ゲイツはゲイツで視聴者にアイビス株の購入を呼び掛ける。株が暴落から回復すれば、男が怒ることもなくなるわけだが、視聴者はゲイツの勧めに耳を傾けることはなかった。

 スタジオの外では、警察が策を練っていた。爆弾を爆発させずに事件を収拾するために失敗は許されない。爆発させないためには、まずゲイツの着ているチョッキの起爆受信機をまず破壊する。ゲイツは腹に弾を受けるが、出血を抑えれば助かる可能性がある……。

 ゲイツは男が根は純朴な庶民であること、なけなしの金を投資した被害者であることを知る。さらにフェンから自分が狙撃されると聞かされるに及んで、真剣にアイビス・キャピタル暴落の謎に迫るべく、行動を起こした――。

 

 怒りに燃えた乱入者と呆然とするMC、ディレクターとの攻防をスリリングに描きつつ、並行してアイビス・キャピタル暴落のメカニズム、そこに隠された陰謀にまでストーリーが展開していく。クライマックスのマンハッタンの街角での群衆を交えたサスペンスまで、フォスターの予断を許さない語り口にぐいぐい引っ張られるばかりだ。

 しかも、エンターテインメントの醍醐味を満喫させながら、フォスターは個性を埋没させない。拝金主義によって踊らされた庶民の愚かしさ、責任感の失せたマスコミ、モラルを失くしてしまった企業の姿をきっちりと浮き彫りにしてみせる。フォスターのアメリカ社会を見つめる目は辛らつである。

 加えて、フォスターは俳優の個性を引き出すことに注力する。クルーニー演じるゲイツが気のいい軽薄さを前面に出した冒頭から、次第に事件の責任を感じて後始末に乗り出すまでを、説得力充分に切り取っているし、ブースで指示を送りながら事件を収めようとするロバーツ演じるフェンの有能なキャリアぶりをくっきりと浮き彫りにする。

 オコンネル演じる乱入者にしても愚かしく愛すべきキャラクターであることを印象づけながら、一触即発のクライマックスになだれこむあたりはみごと。総じて、フェンやバルフ演じるアイビス・キャピタルの広報の良心ある仕事ぶりが際立つ仕掛け。これもまたフェミニスト、フォスターの個性だろう。

 

 クルーニー、ロバーツをはじめとする俳優たちの個性を活かしきって、ワクワクさせるサスペンスに仕立てたフォスターに拍手が送りたくなる。99分という上映時間にまとめたのも偉い。これはお勧めである。