『殿、利息でござる!』はユーモアとペーソスで綴る、庶民の知恵を称えた実話ストーリー!

『殿、利息でござる!』
5月14日(土)より全国ロードショー
配給:松竹
©2016「殿、利息でござる!」製作委員会
公式サイト:http://tono-gozaru.jp/

 

『武士の家計簿』や『武士の献立』をはじめ、松竹が製作する時代劇は江戸時代の人々の生活に密着した内容の作品が多い。いにしえの日本的な美徳や情をクローズアップして、現代に生きる人間の共感を得ようという意図のもと、ユーモアとペーソスいっぱいに映像化して成功している。なるほど、細やかな人情を綴るのは松竹のお家芸。時に胸が熱くなり、笑い、最後は温かい余韻に包まれる。これぞ日本のエンターテインメントである。

 本作もまた江戸時代を舞台にした実話の映画化だ。

『武士の家計簿』の原作となる「武士の家計簿‐「加賀藩御算用者」の幕末維新」を書いた磯田道史の「無私の日本人」に収められた短編、「穀田屋十三郎」をもとにした作品である。紡がれるのは、江戸時代、仙台藩の小さな宿場町・吉岡宿に住む穀田屋十三郎をはじめとする百姓たちによる奇想天外な大勝負だ。

 吉岡宿は仙台藩の直轄領ではなかったために、仙台藩からの助成金(伝馬御合力)が給付されなかった。重い年貢の上に、参勤交代や公用の荷などを運ぶための馬を用意する“伝馬役”の費用が馬鹿にならない。すべては吉岡宿の人たちが背負うことになり、破産、夜逃げが跡を絶たなかったという。この状況を打破するべく、知恵者たちが一世一代の策を弄して勝負に出た。

 この顛末は「國恩記」なる古文書に記されていたもので、ファンからの手紙で穀田屋十三郎の存在を知った磯田道史が現代に蘇らせた次第。この短編に感激した監督・中村義洋が原作者に直訴して映画化を実現させたのだという。

 中村監督といえば『アヒルと鴨のコインロッカー』や『チーム・バチスタの栄光』、『奇跡のリンゴ』、『白ゆき姫殺人事件』など、多彩な作品歴で知られる。前作『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』はばりばりのホラーだったが、本作ではうってかわって庶民の情と健気さをきっちりと浮き彫りにしてくれる。脚色にあたっては『ゴールデンスランバー』をはじめ中村作品に数多く参加している鈴木謙一が加わり、ドラマとして肉付けしていった。

 出演者も中村監督の好みの俳優たちが選りすぐられている。『奇跡のリンゴ』で熱演をみせた阿部サダヲを筆頭に、『アヒルと鴨のコインロッカー』の瑛太、『残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-』の竹内結子。さらに『悪人』の妻夫木聡、『舟を編む』の松田龍平やベテランの草笛光子、山崎努。寺脇康文、きたろう。加えてジャニーズWESTの重岡大毅にフィギュアスケートの羽生結弦まで、注目必至のキャスティングである。

 

 伝馬役と重い年貢によって、吉岡宿はさびれ放題となっていた。

 京の茶の技術をこの地に根付かせようと、嫁とともに戻ってきたばかりの菅原屋篤平治は、生命を賭けて代官に嘆願書を出そうとする造り酒屋の穀田屋十三郎を押しとどめる。

 必死の形相の十三郎をなだめるために、知恵者の呼び声高い篤平治はアイデアをひねりだす。それは藩に大金千両を貸し付け、利息を“伝馬役”の費用に充てようというものだ。篤平治は途方もない夢物語と一笑に付されるかと思ったのだが、穀田屋十三郎はたちまちそのアイデアに乗った。といっても、ふたりでそれほどの大金を調達するのは不可能。十三郎は吉岡宿を何とかしたいと願う仲間を集めるべく、奔走する。

 集まった仲間たちは、動機はそれぞれ異なるが、閉塞感漂う現状を打ち破りたい気持ちは同じだった。村の代表で役人でもある肝煎や大肝煎も仲間に引き入れ、十三郎の実弟で守銭奴と悪名高い浅野屋甚内も加わった。浅野屋の長男であったのに、穀田屋に養子に出されたことを十三郎は根に持っていたが、そこには止むに止まれぬ事情があったことを、十三郎は後で知ることになる。

 仲間たちは家財道具を売り、年月をかけてこつこつとお金を貯めていく。足かけ8年の歳月が流れ、ようやく金のめどがついた頃、十三郎たちは大肝煎を通して、代官の橋本権右衛門にことの次第を申し出る。代官は村の苦しい実情に理解を示したが、藩の財政を司る萱場杢は曲者だった。ある難題を十三郎たちに突きつける――。

 

 士農工商の身分制度があった時代、仙台藩にお金を貸すという途方もないアイデアを現実に行なった農民たちがいたことに、まず驚かされる。千両といえば今の三億円に値する。これほどの大金を農民たちが貯めたことにも脱帽するばかり。しかも当時の仙台藩が金欠であったにせよ、申し出るには相当の覚悟がいったはずだ。目的は私利私欲ではなく、あくまで自分の住む宿場を存続させたいとの願いのみ。それが証拠に出資者たちは名を隠し、質素に徹して生きることを誓ったというから恐れ入るばかりだ。まこと、日本人のかつての美徳、無私の精神を本作は謳歌しているのだ。

 ここに登場する農民たちは、いかに重税にあえごうとも決して反逆するわけではない。江戸時代の確固なシステムのなかで、長いものに巻かれつつ、宿場の現状を立て直そうと知恵を使う。当時の常識をものともせずに、自分の信じた道を愚直に突き進む。その一途さには頭が下がる。

 考えてみれば、為政者と庶民の在り方は今も江戸時代もさして変わらない。搾取する側とされる側の図式だとすれば、私たちは十三郎たちから学ぶものがあるのか。日本人の無私の精神は私利私欲の経済優先の今も存続できるのか、考える必要がある。最近の政治家や企業人の保身や私欲のニュースをみるにつけ暗澹とするばかりだが、ここに登場する農民たちの健気さに多少なりと心が洗われるのは確かだ。穀田屋の子孫は今も吉岡宿で酒屋を営んでいる。子孫たちも十三郎の精神を継承しているのだろうか。

 

 出演者では十三郎役の阿部サダヲが熱さ全開、一途さを絵に描いたような熱演をみせてくれる。篤平治役の瑛太も受けで味をみせれば、甚内役の妻夫木聡はクールで穏やかなイメージで押し通す。とりわけの注目は萱場杢役の松田龍平だ。冷血、搾取する側の血も涙もない男でありながら、物事を見通す先見性ももった武士を、オフビートに演じている。無表情で冷たそうで、何を考えているか分からないキャラクターは松田にぴったりとはまっている。

 

 なによりも中村監督は情の押し売りはせずに、さりげなく機微を浮かび上がらせる。登場人物の、時に滑稽、時に哀愁漂う姿をくっきりと描き出し、エンターテインメントとして結実させている。