『グランドフィナーレ』はパオロ・ソレンティーノの待望の新作!

『グランドフィナーレ』
4月16日(土)より、新宿バルト9、シネスイッチ銀座、Bunkamuraル・シネマ、シネ・リーブル池袋ほか、全国順次ロードショー
配給:GAGA★
©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHÉ PRODUCTION, FRANCE 2 CINÉMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS,FILM4
公式サイト:http://gaga.ne.jp/grandfinale/

 

 イタリア映画界きっての奇才、パオロ・ソレンティーノの新作がいよいよ公開される。2013年に発表した『グレート・ビューティ 追憶のローマ』は第86回アカデミー賞外国語映画賞を獲得したのをはじめ、ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞、ヨーロッパ映画賞最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・編集賞などに輝き、ソレンティーノの名を広く認知せしめたが、続く本作ではさらに個性横溢。華麗なる映像が彼自身のモチーフである魂の彷徨をさらに際立たせて、ヨーロッパ映画賞をはじめ数々の賞を獲得することとなった。

『きっと ここが帰る場所』ではショーン・ペン演じるロックの元スーパースターのアメリカ帰郷の旅に誘い、『グレート・ビューティ 追憶のローマ』では盟友のトニ・セルヴィッロ演じる老いたジャーナリストに退廃のローマをめぐらせたソレンティーノだったが、ここでは老境の作曲家と映画監督を軸に、老いと希望をじっくりと考察してみせる。

『グレート・ビューティ 追憶のローマ』の主人公よりもさらに年齢を重ねた設定にしたことで、人生に対する思いがより切実で愛おしいものになっている。

 シニカルを装っていても、センチメンタルでエモーショナルなソレンティーノが映像から浮き彫りになる。ゴージャスにして奇矯、スキャンダラスな映像が決してネガティヴではなく、みる者の心に沁みこんでくるのだ

 なによりも嬉しいのは、選りすぐられた俳優たちの饗宴。監督が熱望した英国の名優マイケル・ケインに感動を失くした作曲家、アメリカ映画の個性派ハーヴェイ・カイテルには精力的な映画監督役を演じさせる。さらに『ナイロビの蜂』のレイチェル・ウォード、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のポール・ダノに加えて、『コールガール』と『帰郷』で2度のアカデミー主演女優賞に輝いたジェーン・フォンダまでもが登場する。

 セレブばかりが集うリゾートホテルを背景に、斬新な構図、はっと驚くようなヴィジュアル・インパクトが映像の随所に込められている。撮影は『愛の果ての旅』(劇場未公開)よりソレンティーノ作品を手がけてきたルカ・ビガッツィが担当し、美術は『グレート・ビューティ 追憶のローマ』でプロダクション・デザイナー補を務めたルトヴィカ・フェラーリオ。衣装は『ゼロの未来』のカルロ・ポッジョーリが起用され、それぞれソレンティーノのイメージを映像に昇華している。

 音楽に関してもこだわりのあるソレンティーノは、本作では主人公が作曲家とあって、とりわけ凝った人選がなされている。主人公の作曲家が生み出した曲「シンプル・ソング」をアメリカ人現代音楽作曲家デヴィッド・ラングに依頼したのをはじめ、劇中にはシンガーソングライターのマーク・コズレックやUKの歌姫パロマ・フェイスも登場して、歌う。豪華な趣向である。

 

 作曲家にして指揮者のフレッド・バリンジャーはロンドン、ニューヨーク、ヴェネチアをめぐり、音楽に人生を注ぎ込んできたが、80歳を迎えた現在ではすっかり燃え尽きていた。フィリップ殿下の誕生日コンサートに指揮をしてほしいとのエリザベス女王の依頼も断り、スイスのリゾートホテルで静かな日々を送っている。

 バリンジャーの60年来の旧友にして映画監督のミック・ボイルも同じホテルに逗留しているが、こちらは若いスタッフを引き連れて新作の脚本づくり。息抜きにバリンジャーと語らうのを日課としている。ボイルは折に触れて物事に無関心になったバリンジャーを鼓舞するが、バリンジャーは何に対しても興味を示そうとしない。

 ホテルにはロボット役で人気の出たハリウッド・スターや、誰もが知っている人気サッカー選手、ミス・ユニバースなどセレブたちが結集し、人間模様を紡いでいるが、バリンジャーはその輪のなかに積極的に入ろうとしない。わずかに、スケジュールを決めてくれる娘が離婚した時には、娘の夫の父であるボイルに「君の息子が娘を捨てた」と通告したぐらい。娘は彼に、母が音楽の犠牲になったと責め立てるが、バリンジャーが頑なに指揮を拒む理由を知って少し後悔するのだった。

 バリンジャーのバカンスは唐突に終わりを告げる。新作の脚本を書き上げたボイルが、長年、タッグを組んできた大女優ブレンダ・モレルに、直々に断られたのだ。その後にボイルのとった行動がバリンジャーに衝撃をもたらした。ここに至って、バリンジャーはあることを決意した――。

 

 年齢を重ねるにしたがって、明日を夢見るよりも、今日の無事を願うようになる。1970年生まれのソレンティーノは“残された時間のなかで、人は未来に何を望むのか”をモチーフにアイデアを膨らましていったのだという。老境にある人が将来を考えるのか、80歳の人が明日を期待するのか。その年齢でも情熱や体力は満ちてくるのか。こうした素直な命題をじっくりと考察し、ソレンティーノの独特な感性で脚本に変えていった。ドラマチックな要素もあるにはあるが、バリンジャーの心境の推移を綴ったストーリーと表現するのが正解だ。

 バリンジャーが出会う景色や、ボイルとの語らいのなかで、過去の出来事が蘇ってくる。思わずイングマル・ベルイマンの名作『野いちご』をほうふつとしたが、ソレンティーノは決して重苦しくはしない。繊細な心を無関心の鎧で隠した主人公の心の移ろいを、ある種の諦観をこめつつ、スキャンダラスにして耽美な映像美で紡いでいる。原題の”YOUTH”というのもいささか皮肉だが、映画をみていくうちに、これがソレンティーノ流の人生讃歌だと分かってくる次第。一度、惹きつけられると病みつきになる、ソレンティーノの個性に酔いしれる作品だ。

 

 もちろん、出演者ではバリンジャーを演じるケインが素晴らしい。人生の終末を意識しながら、心の奥底では諦めきれない何かを抑え込んでいるキャラクターをみごとに演じ切っている。近頃はもっぱら脇役で渋みを発揮しているが、こういう役柄は格別の味わいを披露してくれる。

 ボイルを演じるカイテルも同様に、精力的で仕事生命の映画監督、ボイルをきっちりと体現している。どこまでもやる気満々、ポジティヴに日を送るようにみせて、思わぬもろさを内包する。ひさびさにカイテルにふさわしいキャラクターといえよう。

 ハリウッド・スター役のダノのオフビートな演じっぷりも嬉しいし、娘役のウォードも頑張っているのだが、なんといっても大女優モレルに扮したフォンダが圧巻だ。厚化粧で老いを際立たせ、老境の女優の悲哀を浮かび上がらせる。引き受けるのは勇気が要ったろうが、フォンダの勇気に称賛を惜しまない。作品の魅力をさらに高めている。

 

 ソレンティーノ作品を楽しむコツは映像に身を任せること。本作は余韻が心地いい。一見をお勧めする所以である。