『ボーダーライン』は、アメリカ、メキシコ国境における麻薬戦争をリアルに描いたサスペンス・アクション!

『ボーダーライン』
4月9日(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:KADOKAWA
© 2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.  フォトクレジット:Richard Foreman Jr. SMPSP
公式サイト:http://border-line.jp/

 

 南北アメリカ大陸は、北側の富めるアメリカ合衆国(USA)にモノ、ヒトが集中する図式で集約される。貧しい中南米の人々はより良い生活を求めてUSAに向かい、USAは富に任せて、密入国者という安い労働力を使い、農産物をはじめ、あらゆるモノをかき集める。そこには当然、麻薬も含まれている。

 メキシコはUSAに隣接しているため、供給源としてあるいは中継地点として重要な位置を占めている。メキシコでは19世紀末からアヘンが伝播し、USAが禁酒法を施行しているときはアルコールを密輸出。禁酒法解除後はマリファナ、アヘン、そしてコカインと変遷したが、メキシコの立場は変わらなかった。

 現在のUSAは不法移民、麻薬の流入を阻止するため、メキシコ国境に厳しい規制を敷いているが、幅広い国境線ということもあって目が届かないのが現状という。一方、麻薬を供給する側も、コカインを生産するコロンビアのカルテル、メキシコのカルテルの勢力争いがあり、一時はコロンビアが絶大な力を持っていたが、現在は腐敗した政府・官憲と結びついたメキシコが力を握っている状況らしい。

 本作はサスペンスに満ちたエンターテインメントとして、麻薬取引の最前線、USA、メキシコの国境線の実態を浮かび上がらせている。

 脚本に仕上げたのは俳優の貌をもつテイラー・シェリダン。テキサス育ちで、幼い頃からメキシコに旅することが少なくなかった彼がカルテルに蹂躙されているメキシコの現状を目の当たりにして、脚本を書く決意をしたという。カルテルは巨大化し、暴力でメキシコ庶民を押さえつけている。国境線で取り締まる側のUSAの機関もCIAやDEA(アメリカ麻薬取締局)などの思惑が交錯し、裏取引が横行。結果としてカルテルが利するかたちになっている。シェリダンは押さえつけられているメキシコの庶民に取材を展開して、脚本を完成させた。

 監督はカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ。『灼熱の魂』でレバノン内戦の苛酷な状況をミステリーとして描き、『プリズナーズ』では犯罪被害者の暴走を題材にするなど、社会派的な視点が際立つ存在だ。見る者をぐいぐい惹きこむ語り口と、題材に対するぶれない視点、映像にこもる熱さはどの作品にも共通している。本作にはうってつけの監督といえる。

 出演者は『ヴィクトリア女王 世紀の愛』や『イントゥ・ザ・ウッズ』などで個性を発揮したエミリー・ブラントに、『トラフィック』や『チェ』2部作で知られるベニチオ・デル・トロ。さらに『ノーカントリー』や『ブッシュ』、『オールドボーイ』で強烈な個性を発揮したジョシュ・ブローリン、『アルゴ』のヴィクター・ガーバーなど、実力派が選りすぐられている。

 

 FBI捜査官ケイト・メイサーはチームを率いて誘拐事件の人質解放に向かったが、目的地の一軒家におびただしい死体を発見。しかも離れに爆弾が仕掛けられていて警官ふたりを死に追いやってしまう。

 任務から戻った彼女に、上司のジェニングスはメキシコの麻薬組織ソノラ・カルテルの撲滅と最高幹部マヌエル・ディアス追跡のための特殊チームの存在を知らせ、彼女がスカウトされたと告げる。

 チームはリーダーのクレイヴァーを筆頭に、剣呑なメンバーばかり。なかでもコロンビアの元警察官だというアレハンドロは寡黙だが、凄まじい殺気を放っていた。

 チームの一員となったメイサーはメンバーとともにメキシコのファレスに向かい、ディアスの兄ギエルモの身柄を引き取るが、国境の手前で襲撃に遭い、民間人を巻き込んだ銃撃戦を演じる破目になる。詰問する彼女に、クレイヴァーは「これが現実だ。見るものすべてから学べ」と言い放つ。

 チームの行動はさらに過激になり、合法的な逮捕を主張するメイサーの声は誰もとりあげてくれない。しかもカルテル側も彼女に手を伸ばしてきた。

 誰も信じられなくなったメイサーだったが、チームはお構いなしに最大のミッションを実行に移す。そこに参加した彼女は、アレハンドロの目的、チームの目的、自分の役割を知ることになる――。

 

 ひとりの真っ当な女性捜査官が、USA、メキシコの麻薬戦争の渦中に入り、単純な正義の遂行だけでは終わらない真実を知るという展開。そこには取り締まる側のUSAにもさまざまな思惑があり、カルテルを利用することも厭わない存在もあることが、彼女の軌跡を通して浮かび上がってくる。こうした状況を生みだしたのは、決してメキシコだけの責任ではないと、ヴィルヌーヴは映像から語りかけている。第88回アカデミー賞では、撮影、作曲、音響編集の3部門にノミネートされただけで終わったが、ヴィルヌーヴの作家性、根深い社会問題をエンターテインメントに収斂させた演出はもっと評価されていいと思う。

 メキシコの取材を随所に活かしたシェリダンの脚本のもと、ヴィルヌーヴはリアルなタッチで暴力が日常となったメキシコの現状を切り取っていく。さすがに実際のファレスでロケーションを敢行するのはリスクが大きすぎたので、ニューメキシコ、テキサス、比較的安全なメキシコのベラクルスで撮影。景色、風景をファレスで撮影する方法をとったという。確かに禍々しい雰囲気は映像を通して伝わってくる(撮影は『プリズナーズ』に続いて起用されたベテラン、ロジャー・ディーキンス)。

 

 出演者では、メイサーに扮したブラントが体当たりでアクションに挑みつつ、女性としての存在感を披露しているが、なんといってもアレハンドロを演じるデル・トロの静かな凄味が際立つ。クライマックスのアレハンドロの行動など鬼気せまり、慄然とさせられる。またクレイヴァー役のブローリンの胸に一物ある胡散臭さ、ジェニングス役のガーバーの事なかれ主義的イメージなど、いずれも役柄にぴったりとはまっている。

 

 声高に叫ばれる麻薬戦争の実態に触れた好編。近頃、同題材のドキュメンタリーも増えているが、フィクションのかたちをとったからUSA側の事情を突くこともできた。クールな眼差しのなかに、熱いエモーションが仄見える仕上がりである。