『マネー・ショート 華麗なる大逆転』は“リーマン・ショック”を予見した男たちの群像ドラマ!

3月4日(金)より、TOHOシネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
配給:東和ピクチャーズ
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公式サイト:http://www.moneyshort.jp/

 近年は、金が金を生む金融システムに則って世界経済がまわっている印象だ。どこの国も過去に起こった出来事を振り返ることもなく、目先の利益に走っている。日本もアベノミクスなどという錦の御旗で、貧富の差が激しい格差社会になっている。こうした現象は日本ばかりでなく、世界各国で起きていることだ。今や、富は一部の人間が独占するものとなっている。
 こうした状況なればこそ、本作がアメリカで注目される。ここで描かれるのは、2004年頃から注目された金融商品・サブプライム住宅ローンの危機を見抜き、逆張りすることで大儲けした男たちの姿だ。彼らは、破竹の勢いだった当時のウォール街の風潮のなかにバブル崩壊の兆しを察知し、サブプライム・ローンの価値が暴落したときに巨額の保険金を手にできる“クレジット・デフォルト・スワップ”に着目した。
 原作になったのは『マネーボール』でその名を知られたマイケル・ルイスのノンフィクション「世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち」。『マネーボール』を製作したブラッド・ピットの主宰するプランBが映画化権を獲得し、ピット自身も製作・出演に名を連ねることになった。
 これを『ザ・インタープリター』などで知られるチャールズ・ランドルフが脚色。名門コメディ劇団セカンド・シティの出身で、NBCの伝説的コメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」のライター、ディレクターを務めたアダム・マッケイが監督に起用された。マッケイは『俺たちニュースキャスター』(劇場未公開)で劇場用映画監督デビューを果たして以降、『タラデガ・ナイト オーバルの狼』や『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』など、ウィル・フェレルと組んでドタバタコメディを量産してきた。本作ではランドルフの脚本に手を入れ、当時のウォール街を軽妙に活写しつつ、バブルに踊った人間たちの悲喜劇を風刺をこめて描き出している。
 出演は『エクソダス:神と王』のクリスチャン・ベイルに『フォックスキャッチャー』でシリアスな演技を絶賛された『40歳の童貞男』のスティーヴ・カレル、『ドライヴ』ノライアン・ゴスリング、『Re:LIFE~リライフ~』のマリサ・トメイ。さらにピットが加わるという、個性派勢揃いのキャスティングである。
 本作は第88回アカデミー賞で作品・監督・助演男優・編集・脚色の5部門にノミネートされ、脚色賞に輝いている。

 2005年、金融トレーダーのマイケル・バーリは、格付けの高い不動産抵当証券に信用力の低いサブプライム・ローンが組みこまれていることに気づく。さらに調べていくうちに、サブプライム・ローンが数年以内に債務不履行の可能性があることを確信するが、その予測は好景気に沸くウォール街では無視された。マイケルは、サブプライム・ローンの価値が暴落したときに巨額の保険金が下りる“クレジット・デフォルト・スワップ”に目をつけ、投資銀行と契約する。
 バーリの行動から意図を察知したドイツ銀行の取引仲買人ジャレド・ベネットは、サブプライム・ローンの件で大手銀行に不信感を抱いている、モルガン・スタンレーの子会社フロントポイントのヘッジファンド・マネージャー、マーク・バウムと仲間たちを説得し“クレジット・デフォルト・スワップ”に大金を投じるように勧める。
 一方、ウォール街に打って出ようとする投資家コンビ、ジェイミー・シプリーとチャーリー・ゲラーもまた住宅バブルの危機に気づき、引退した銀行家ベン・リカートを説得して、直接、銀行と取引、サブプライム・ローン破綻に賭ける。
 そして2008年、サブプライム・ローンに端を発した市場崩壊の兆候が出始めた――。

 記憶に新しい経済危機を予見し、巨額の富を得た数少ない人たちの成功譚といえばいいのか。それにしてもこの経済危機が、格付けにうるさいアメリカで起きたという点が興味深い。大銀行も政府も、格付け機関もサブプライム・ローンという金融商品に太鼓判を押し、金融界全体の大勢が異を唱えることを許さなかったのだ。したがって、ここに登場する人々はいずれもアウトサイダー的な存在である。
 ゆえに、傲慢だった金融界を出しぬいた痛快ドラマということになるのだが、机上の商品で金儲けゲームを行なっている金融界に机上の商品で一泡吹かせる方法もどこかゲーム的である。実際にそうなのだから仕方がないのだが、ストーリーのなかにスカッとさせるような確かな手ごたえは感じられない。この手の経済ドラマの映画化の難しいところである。
 もっともマッケイはそのあたりは十分に承知。ヘッジファンド・マネージャー、バウムにデタラメが横行する金融界を嘆かせ、巨額の富を得た事態を悲憤慷慨させることで、人間としてのモラルを浮かび上がらせる。あの時代に対する反省もないまま、好景気になれば何でもありという風潮は今も変わっていないだけに、本作の風刺は十分に利いている。
 登場する3つのグループが直接、絡み合うことなく、ひとつの大きな流れにならないのも本作のミソで、エピソードでつなぐ異常な時代の群像ドラマの趣。マッケイはこれまでの監督作とは異なり、それぞれのキャラクターの個性を過不足なく浮かび上がらせ、淡々とした語り口で貫いている。ニュース映像を入れ込み、経済用語の解説をギャグ仕立てで挿入するなどの遊びを用意して、少しでも平易にすべく努力している。本作で監督賞にノミネートされたのだから、マッケイも満足だろう。

 出演者はいずれも好演である。ベイルがヘビメタ好きで人嫌いの変わり者バーリを、体重を増やして体現すれば、ゴスリングはドイツ銀行のはみだし者ベネットをさらりと演じる。金融界のデタラメに怒るバウムには『フォックスキャッチャー』と同じくシリアスを貫くカレルが熱演。ピットはオーガニックを志向する、引退した銀行家リカートで個性を発揮。それぞれクセのあるキャラクターを嬉々として演じている。

 当時の金融界ではサブプライム・ローンの破綻など絶対に起きないといわれていた。起きないことが起きるのは世の常。“想定外”ということばが今後使われないような状況にするため、影響をもろに受ける庶民は覚悟が必要だ。作品を見るとそんなことまで考えてしまう。まずは一見をお薦めする。