『ヘイトフル・エイト』はいかにもタランティーノらしい、西部劇ミステリー快作。

『ヘイトフル・エイト』
2月27日(土)より全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
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公式サイト:gaga.ne.jp/hateful8.

 

 クエンティン・タランティーノが2012年の『ジャンゴ 繋がれざる者』に続く新作がいよいよ公開される。題名の“ジャンゴ”からも分かるように、前作はタランティーノが愛するマカロニウエスタンにオマージュを捧げながら、アメリカにかつてあった黒人奴隷制をテーマに据えていたが、本作では予断を許さないミステリーに挑んだ。
 猛吹雪で否応なくロッジに閉じ込められた7人の男とひとりの女が、疑心暗鬼になりながら一夜をともにすることになる展開。クセのあるキャラクターが存在感を主張するなか、舞台はほとんどロッジで終始し、それぞれのセリフの応酬によって事態が思わぬ方向に進んでいくスタイル。まこと、タランティーノの初期の作品をほうふつとする趣向となっている。
 ふりかえれば、タランティーノの名を一躍、知らしめた1991年の『レザボア・ドッグス』では、描きこまれたキャラクターが会話のなかで個性を際立たせていたし、ストーリー的にも裏切り者を探さんとする展開。時間軸を超えた構成は、この作品の特徴のひとつだった。カンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた『パルプ・フィクション』はこの構成をさらに押し広げたもので、時制を交錯させるなかに、異なるエピソードをつなぐ語り口が絶賛された。
 浴びるほど映画を見続け、映画オタクを自認するタランティーノは以降も自分の愛するジャンル映画にオマージュを捧げた作品を生みだしてきたが、本作は原点に戻った印象だ。
『ジャンゴ 繋がれざる者』をはじめ、タランティーノ作品にはおなじみの撮影監督、ロバート・リチャードソンを起用して、ウルトラ・パナビジョン70ミリ・フィルムで撮影を敢行。さらに敬愛するエン二オ・モリコーネに音楽を依頼し、『キル・ビル』2部作に参加した種田陽平を美術に起用するなど、タランティーノは徹底的にこだわった体勢で本作に挑んだ。70ミリのワイドスクリーンにした理由は、ロッジに至る大雪原の圧倒的な臨場感とともに、ロッジ内でのキャラクターたちの微妙な表情や仕草を切り取ることができるからだとコメントしている。デジタル全盛の風潮のなかで、あえて大判のフィルムを採用したところは映画愛に燃えるタランティーノらしいし、フィルム製造元のコダックも彼の要望に応えるべく全面協力をしている。
 もちろん、いつものタランティーノ作品同様に、凝ったキャスティングが心憎い。『パルプ・フィクション』以来、タランティーノの信頼厚いサミュエル・L・ジャクソンを筆頭に、『ニューヨーク1997』が忘れ難いカート・ラッセル、『ミセス・パーカー/ジャズ・エイジの華』のジェニファー・ジェイソン・リー、『ジャンゴ 繋がれし者』のウォルトン・ゴギンズ。加えて『明日を継ぐために』(劇場未公開)で2010年のアカデミー主演男優賞にノミネートされたデミアン・チビル、『レザボア・ドッグス』からのつきあいのティム・ロス、マイケル・マドセンも顔を出す。これに『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』でカンヌ国際映画祭男優賞に輝いたブルース・ダーン、『マジック・マイク』のチャニング・テイタムまで名を連ねている。いずれもがアクの強いタランティーノ・キャラクターを活き活きと演じてくれる。このアンサンブルは秀抜である。

 賞金稼ぎのウォーレンは寒さで馬を失い、お尋ね者3人の死体とともに、雪原に立ち往生している。そこに現れた駅馬車は賞金稼ぎのルースがお尋ね者のドメルグを連行するために貸し切っていた。
 渋るルースに頼み込み、ウォーレンはなんとか馬車に乗り込む。吹雪はさらにひどくなり、駅馬車は近くのミニーのロッジに避難することにするが、途中、レッドロックの新任の保安官と称するマニックスまで載せる破目になる。
 ミニーのロッジに着くが、そこにはミニーはおらず、メキシコ人のボブ、死刑執行人のモブレー、カウボーイのゲージ、南部の元将軍スミザースがいるだけだった。
 ルースはこのなかにドメルグの仲間がいるのではないかと怪しむ。やがて、お互いが様子を探りながら交わす会話のなかに、過去の因縁が見え隠れし始めた頃、殺人事件が起きる。逃げようにも外は猛吹雪。やがて事態は思いもしなかった事態に突き進んでいく――。

 2時間48分という上映時間が少しも長く感じない。章立てされた構成のもと、タランティーノの痛快な演出に貫かれ、ミステリー的興味が最後まで持続するのだ。どのキャラクターが胡散臭く、モラルもないという前提のもと、互いに互いを犯人だと怪しんで、何も信じられない状況に入り込んでいく。
 なんといっても、胡散臭いキャラクターはタランティーノの独壇場といっていい。アフリカ系のハンデをものともせずに大口をたたくウォーレン、黒人を惨殺する南軍の自警団に所属していたマニックスとスミザース。彼らの人種的偏見と反発を軸として緊迫感はさらに高まっていく仕掛けだ。さらに敵が分からずに混乱するルースは、辛うじてヒーローらしさがあるが、一方で平気でドメルグを殴りつける、男尊女卑。ドメルグの方も殴られてもびくともしない強靭な神経の持ち主なのだ。他のキャラクターにしても表情とは裏腹に胸に一物を抱えていて、みている側は誰を信用していいか分からなくなる。
 これこそがタランティーノの狙いだ。章立て形式で時制をさかのぼって、種明かしを絵解きで見せるかと思えば、新たな謎をかけて、クライマックスまでひた走る。まさにタランティーノの術中にはまり翻弄される楽しさがここにはあるのだ(ただ、本作のコピーに喧伝されている“密室”というフレーズには多少、引っかかるものがある。これについては作品をみて判断されたい)。
 ウォーレン役のL・ジャクソン、マニックス役のゴギンズ、スミザース役のダーンをはじめ、俳優陣はいずれもキャラクターに成りきったクセ者ぶりが楽しい。なかでも、タランティーノとは初めての仕事となるドメルグ役のジェイソン・リーはまさに怪演。喰えない女悪党を存在感たっぷり、美貌をなげうって演じきる。アカデミー助演女優賞にノミネートされたのも納得がいく。

 アカデミー賞は助演女優賞に加えて、70ミリの特質を映像に焼き付けたリチャードソンの撮影賞、モリコーネの作曲賞の3部門にノミネートされている。タランティーノらしさが全編に貫かれたエンターテインメント。一見の価値はある。